設立から現在まで
ワカマキは、明治30年、○○という屋号で創業しました。
新しいモノ(商品)の流通が始まった時代、何よりもそういったモノへの知識を求めることが盛んだった時代です。
産業の盛んなここ茨城県の潮来で、ワカマキは印鑑から五右衛門風呂まで取り扱う「よろずや」として開業しました。
当時のワカマキ社長も、大陸にわたって新しい商品についての見聞を広め、新しい商品の研究に勤しみました。
ワカマキの商品に対する知識と責任は、そんなところからも受け継がれ、
お客様の先導となって自信の持てる商品を取り扱う精神は今も変わりません。
いまでも社員は入社すると、まず商品に関連する知識や、建築関係に欠かせない単位などの知識を与えられます。
現在では在庫商品数1万種類以上、取扱商品10万種類以上となったワカマキ。
すべての商品を把握することは難しいですが、それぞれに専門家を設けて、
常にお客さんと対等に話せる環境を心がけています。
沿革
当社が創業したこの年は、金本位貨幣とする貨幣法が交付され、金本位制が確立した年です。
金0.75g=1円と定められ、ただし、1円金貨はあまりに小さなものになるので作られず、20円金貨などが流通したそうです。
ちなみにこの金本位制は、昭和6年には廃止されました。
●この年、当社の支払い台帳も焼失
問屋様の売り掛け台帳が消失しましたが、当社の仕入れ台帳に基づいて支払いを
行いました。
まじめで、真心のある企業。私たちは、昔も今も誠意のある会社を目指していま
す。
(株)若槇金物店として会社設立
1973年に勃発した第4次中東戦争の影響で、たった1ヶ月で原油価格は2倍に。
当時日本は、おりからの列島改造ブームによる地価高騰で、インフレに陥ってい
ました。
オイルショックとオイルショックに便乗した値上げなどがさらに追い打ちをかけ、
「狂乱物価」と呼ばれるすさまじい物価高を招きました。
社名を株式会社ワカマキに変更
臨海支店オープン
1府22省庁あった中央省庁が、1府12省庁に再編された年です。
これまで類似案件を別々の省庁でバラバラに進めていたり・・という"縦割り行
政の弊害解消"と"内閣府の設置と機能強化"で政治が強いリーダーシップをとっ
ていくための行政改革でした。ちなみに防衛庁は2007年に、防衛省に移行しました。
平成19年8月の1億2775万人をピークに、この年の11月から日本の人口は減少に転
じています。出生数は2006年から増加に転じていますが、これから母になる20代、
30代の総数が減っているため、今後加速度的に減少傾向が進む、と言われていま
す。この困難に、社会全体が叡智を尽くして取り組むべき時期が来ています。
ワカマキの姿勢
「ワカマキの商品に木を加えれば家が建つ」と言われるほど多くの建築工具・材料をそろえているワカマキ。
プロ用工具や材料のかゆい所に手が届く、お客様視点の商品の豊富さは、
多くのお客様との対話の中から生まれてきました。
私たちの商品の多くは、単に利益率の高い商品や、人気の商品ではありません。
お客様との対話を大切にしているワカマキにとって、商品は様々な感情なのです。
・・あるお客様に、より満足してもらいたいと思っている社員がいる。
単にカタログデータにこだわらず、過去の経験を生かして、お客様にとって良いメーカーから良い商品を取り入れる。
・・あるいはお叱りを受けてしまったお客様に、今度こそは満足していただけるような商品とサービスをと、新しい商品を考えている社員がいる。
そういったワカマキ社員の創意、また総意が、ワカマキの商品として売りに出されていく。
私たちは、常にお客様の声を聞きながら営業させていただいています。
ワカマキの取り扱う在庫1万数千種類は、血と涙の結晶ともいえるのです。
ワカマキは、決して都会の会社ではありません。
むしろ地域に根ざし地域に受け入れられた会社なのです。
だからこそ、商品についても、お客様についても、一番よく見える視点で営業活動を行ってきました。
お客様のよき相談相手であり、提案できるリーダーであること。地域の産業を支える人と会社になること。
ワカマキを支えて頂いているお客様と地域に、ワカマキが一緒にしていけることを考えて
共に歩み成長を続ける会社として頑張っています。
ここ潮来で働く社員の気風を高めるため、社員が「何を体験できるか」も大切にしています。
地域のお祭りにも参加したり、仕事で社員が「やりたい」と言ったことはやってみる、ということです。
またより社員が頑張りやすい環境を作るため、新しい社員評価制度も取り入れて動かしているところです。


